満月の夜、照らされた二人 |
- 05: 名前:Parade◆Ixy9nLcA投稿日:2013/09/18(水) 23:36
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色彩を一切持たず、重苦しい灰色をした建物。いくつかの窓は確認できるものの、そのすべてにカーテンがかけられているようで、光は漏れ出していない。
これからこの場所で彼女の最後を身届けるというのに、外から見上げるとどこかおぞましいと感じてしまう。
初めてこの場所を訪れたせいなのか、はたまた唯一無二の恋人を無くしたばかりのせいなのか。どうしても、心に浮かぶ疎外感を拭い去れない。
感情のはけ口を見つけられないままに、僕は荒々しく髪をかきあげた。
「吉川さん、そろそろお時間です。お戻りになってください」
もういっそのことこのまま戻らずに逃げてしまおうかと考えていた矢先に聞こえた声。
見上げた視線を前に戻すと、そこには一人の女性が立っていた。彼女に似たその風貌は、僕の二倍以上年を重ねているというのにやはり美しい。
葬儀場と同じように一切の色彩を断ち切った黒の喪服に身を包んだ姿は、とても一人娘を無くした母親には見えない。
「分かりました」
「あなたもあの子の姿を見るのはさぞ辛いでしょう。でも、だからこそ、ちゃんとあの子を見送ってあげてね」
「わかっています。わざわざお声掛けしていただいてありがとうございました」
そう僕が告げると、彼女は柔らかく微笑んでゆっくりと建物内へと戻っていく。振り返り様に覗いた目を見て、僕は先ほど感じた印象が間違いだったことに気づいた。
前に見た時よりも少し腫れぼったい目元。若干崩れているメイク。僕は一体何を考えていたんだろうか。
どんな言葉で想いを表そうと、僕とあの子との間には恋人という曖昧な関係があっただけであって、元はと言えば赤の他人。
彼女と同じ時を過ごしてきた母親ほど、大きな感情など抱けるはずもない。
そんな僕でさえも、まるで生きていくための糧を失ったかのように感じているのだから、悲しんでいない訳がないじゃないか。
「母の強さ……か」
鼻をすすって、足を踏み出した。
建物に入ると、内装も外から見たのと変わらず殺風景な廊下が広がる。まばらな白色灯に照らされた薄暗い空間には、僕の足音以外何一つ聞こえなかった。
廊下の突き当りまで歩き、一度立ち止まる。今にも胃液が飛び出してきそうな程に浮かび上がる嫌悪感が僕の動きを止めた。
あぁ、やっぱり僕には気丈に振舞うことなんてできない。頬を伝ってしまう温かな水の粒に気づかないふりをして、僕は目の前の扉を開いた。
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