紫蘭とカイヤナイト |
- 28: 名前:史投稿日:2013/08/26(月) 21:45
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19時を過ぎて街は会社帰りの人で賑わいを見せ始める。
閉店時間を迎えて、いつも通り陽菜は店頭に並ぶ花を店内にしまっていた。
「いがらし…。」
手慣れたはずの作業だがいつもより進みが遅い。
『え? あ、はい、渚です。 五十嵐渚です。』
その名前を耳にしてから、陽菜はどこかしこりのようなものを感じていた。
「そうだ、携帯…。」
陽菜はレジ横に無造作におかれた携帯電話を手にとる。
銀色のフォルムにかわいらしいキャラクターもののストラップが女の子らしさを与える。
「やっぱり…。」
アドレス帳を見渡すも“五十嵐渚”の名前は見当たらなかった。
やりきれない気持ちを抑えこむように、些か乱雑に携帯電話をテーブルに戻した。
「あ…。」
その時、ストラップのキャラクターを模した部分が外れて転がっていってしまった。
それはそのまま滑りこむように陳列棚の下へ入りこんでいった。
よりによって一番大きい、大掃除の時以外動かさない棚の下に。
「あぁ〜、もう…。」
周りの映えた花に見合わぬ溜息をついて、ひきずるように棚を動かす。
「ん…?」
棚の裏から茶封筒が一封出てきた。
陽菜はその裏を上にして落ちた封筒を拾って、書かれた字に目をこらす。
「お父さん?」
封筒の裏には陽菜の父親の名前が万年筆で記されている。
陽菜は筆跡も間違いなく父親のものだと確信が持てた。
そしてその封筒を裏返した時、書かれていた宛名に陽菜は息を呑んだ。
五十嵐渚様――
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